Mail Magazine Vol.690 2012/12/29  『今年亡くなった方たち ゴジラ引退 ちょっといい話』

こんにちは、メディモン3号です。このメディモンコラムも、今回が2012年の最終号となります。

読者のみなさまには、
今年も1年間拙文を読んでいただき、
どうもありがとうございました。

1年の間には配信日が著しく遅れたり、
調べが足りなくて内容が薄かったりする号もありました。
また、起こった出来事に興奮して、
よく噛み砕く前に勢いで書いている号もあったりします。

なので読み返すと
自分の力量不足に恥ずかしく思うこともいっぱいありましたが、
ああ、今年はこういうこともあったな、
ああ、これも今年だったかと、
改めて思い出したことも多くありました。

個人的には、今年起こった出来事で一番印象に残っているのは、
8月に起こった一連の竹島問題と中国の反日デモです。

数年前に始まった韓流ブームが最高潮に達した感のある去年、
日本では一大韓国ブームが起こっていました。

テレビでは毎日何本も韓国製のドラマが流れ、
子どもたちは韓国の人気アイドルグループの真似をして踊り、
コリアンタウンとして名高い東京の新大久保には
おばさま、おねえさまたちが韓流カフェに勤めるハンサムな
韓国人スタッフをお目当てに大挙して押しかける…

そんな状態だったので、竹島をめぐって起きた
韓国内での強烈な反応には、
両国の間に横たわる問題の根深さに、
改めて目が覚まされた思いでした。

さらに続いて、
尖閣諸島の領土問題が原因で
中国で過去最大の反日デモが起こったときには、
「このままだと戦争になるのかもしれない」と
心が震えました。

実は、私は今までの人生で、
二度心の底から「怖い」と思ったことがあります。

1回目は911。
2回目は去年3月11日の東日本大震災。

もちろん他にも、
湾岸戦争や阪神大震災、ロンドン滞在時の爆破テロなど、
恐ろしいと感じた出来事はいっぱいありましたが、
本当の意味で身に迫る危機、
無意識に鳥肌が立つような恐怖となると、
この2つに勝るものはありません。
(ある意味幸せなのだと思います)。

でも、今年韓国・中国で噴き出た反日感情の様子、
そして、それをみた一部の日本人の猛烈な反中国、反韓国の言動には、
導火線のようなピリピリとした一触即発の雰囲気が漂っていて、
「怖い」「これはいけない」と思いました。

あれから半年近くが経って、
表面上は落ち着き始めたようにみえるこの問題。
でも、私には、火種は深くくすぶっている状態に思えます。

今の日本は、
他にも多くの深刻な問題を抱えています。
例えば、不況、天災、エネルギー問題、沖縄、少子化、高齢化、社会保障
…などさまざまありますが、
上記の外交問題も含めて、
来年はその一つでも明るい光が差すよう
願ってやみません。

日本のいいニュースを一つでもみなさんにお伝えできますように!

では、今週のニュースです。


【今年亡くなった方たち】

2012年も多くの方が亡くなりました。

以下は今年亡くなった方のごく一部のお名前です。
「なぜこの人の名前がないのか」という人もいらっしゃるでしょうし、
「今初めて亡くなっていたことを知った」という方もいらっしゃるでしょう。

中には大御所と言われる、誰もが知っている方もいれば、
まだお若いのに志半ばで亡くなられた方もいらっしゃいます。

有名無名に関わらず、
亡くなったみなさん全員に大切な人生がありました。

月日の訪れと共に記憶は風化していきますが、
せめて今は、亡くなられた方々に思いを馳せようと思います。

●1月
二谷英明(俳優)
石岡瑛子(アートディレクター、デザイナー)
川勝正幸(フリーライター、編集者)
●2月
千石正一(動物学者)
大平シロー(お笑いタレント)
三﨑千恵子(映画女優)
淡島千景(女優)
北公次(歌手、フォーリーブスメンバー)
●3月
山口美江(タレント、フリーキャスター)
吉本隆明(思想家、詩人、評論家)
●4月
安岡力也(俳優、タレント)
青野武(声優)
土田世紀(漫画家)
●5月
長良じゅん(日本の芸能プロモーター)
邱永漢(実業家、作家)
小林すすむ(俳優、タレント、ヒップアップのメンバー)
新藤兼人(映画監督)
尾崎紀世彦(歌手)
●6月
寛仁親王(皇族)
赤江瀑(小説家)
畑中純(漫画家)
伊藤エミ(歌手、女性デュオ「ザ・ピーナッツ」の姉)
小野ヤスシ(タレント)
地井武男(俳優)
●7月
山田五十鈴(女優)
●8月
津島恵子(女優)
浜田幸一(元政治家、タレント)
山本美香(フリージャーナリスト)
●10月
大滝秀治(俳優)
金子哲雄(流通ジャーナリスト)
馬渕晴子(女優)
丸谷才一(小説家)
若松孝二(映画監督)
桑名正博(歌手)
藤本義一(小説家)
●11月
森光子(女優)
桜井センリ(ジャズミュージシャン、クレージー・キャッツメンバー)
宮史郎(歌手、元ぴんからトリオのメンバー)
●12月
18世中村勘三郎(歌舞伎役者)
小沢昭一(俳優)
米長邦雄(将棋棋士)
中沢啓治(漫画家、「はだしのゲン」の作者)

みなさまのご冥福をお祈りいたします。


【ゴジラ引退】

元ジャイアンツの花形選手で、
米国大リーグの名門ヤンキース、
エンゼルス、
アスレチックス、
レイズと
数々のチームで活躍してきた松井秀喜選手(38)が
今月28日、今シーズン限りで野球界を引退すると発表して
大きなニュースとなりました。

私、何度もこのコラムで書いておりますが、
野球にとんと造詣がありません。
そりゃもう恥ずかしいくらいなんにも知らない。

そんな私ですが、
まだ星稜高等学校の3年生だった1992年頃の松井選手の
ことは非常に鮮明に覚えています。

なぜ彼のことを覚えているかというと、
まず第一に、当時のマスコミの熱狂ぶりがありました。

夏の全国高校野球が始まる前から「超高校生級」「怪物」
「学生の中に一人だけプロがいる」
「今年の松井はどれだけ活躍するか」と、
スポーツ紙を中心に話題が沸騰。

大会が始まってからは、
対明徳義塾戦で5打席連続敬遠を受けるほどの
力を持った松井選手に、
連日テレビも新聞も大フィーバー。

当時は野球ファンであるなしにかかわらず、
誰もが松井選手のことは知っていたと思います。

そしてもう一つの理由が、「ゴジラ」というあだ名。
当時私は21歳で(あ、いかん。年がバレる)松井選手より
ちょっと大人だったのですが、
何気なくつけたテレビで松井選手を見てビックリ!
「え?これが高校生、なの??」

基本的に今と全然顔つきは変わっていないのですが、
高校生とは思えぬほどに堂々として、とにかくいかつい感じ。
身長も188cmとずば抜けて大きく、
まだまだ幼い同級生の中に混じると
かなりの違和感がありました。

そんな彼を見て、
あるスポーツ紙の野球担当者がつけたあだ名が「ゴジラ」。
容姿や迫力あるプレーから名付けたのだと思いますが、
まさにドンピシャ!なネーミング。

しかし当時高校生だった松井選手は「ゴジラ」と呼ばれるのがイヤだったそうで、
(花も恥じらう18歳ですもん、当たり前ですよね)
まさかこれがその後十数年にわたり
海外でも「GODZILLA」と呼ばれ愛されるようになるなんて、
本人はおろか、名付けた記者さんも想像していなかったことでしょう。

さて、今回の松井選手の突然の引退宣言は各所に大きな影響を与え、
国内のみならずアメリカからも引き止めや惜しむ声が多くあがりました。

私は発表の朝一番に携帯のニュースで知りましたが、
その日は
通勤途中の電車、
ランチで隣に座ったサラリーマン、
フランス人の我が社の社長(多分野球そんなに興味ない)までもが
彼の引退について語り、一日この話題でもちきりでした。

引退に際してもこの影響力。そして人気ぶり。

いまさらながらにその引退が惜しまれるのですが、
ご本人は会見でその理由を
「命がけでプレーし、
メジャーで力を発揮するという気持ちで10年間やってきたが、
結果が出なくなった」と、説明しました。

また、日本野球界へ復帰しなかったことについては、
「10年前の日本での自分の活躍を想像するファンの期待に応える
自信を持てなかった」と語っています。

最近は膝の故障もあって、
思うようにプレーができなくなっていた松井選手。
確かに怪我が治れば、まだまだ十分活躍できたと思いますが、
そこはご自身の野球美学を貫いた、ということでしょうか。

こうした姿勢も、多くのファンに愛される理由の一つかもしれませんね。

引退後についてはまだ決まっておらず、
「ゆっくりしながら今後のことを考えたい」とのこと。

来年には待望の第一子が誕生するという話もあり、
長年日米野球界の第一線を走り続けてきた松井選手ですから、
しばらくご家族とゆっくりとした時間を過ごされるのも
いいかもしれません。

第二の人生でもどうぞ大いなるご活躍を!

【最後にちょっといい話】

今月12日、中日新聞に「じっと座り飼い主待つ 犬が1週間以上、飯田」
というタイトルの記事が掲載されました。

内容は、長野県飯田市上飯田の大平街道で、
一匹の犬が一週間以上も飼い主を待ち続けているというもの。

体長約六十センチの雄で、毛は茶色。
猟犬のような身体つきながら、ご飯も水も飲んでいないようで
やせ細って、それでもひたすらジッと道に座っているのを
(寝そべっているのではなく、ピッと座して)
通りかかった人が発見。

付近は近日から雪が積もったり雨が降ったり。
でも、決して道路から目を離さず座り続ける犬に、
「飼い主に捨てられたんだろうか、
それともはぐれてしまった猟犬だろうか」と、
周囲の人は気を揉んでいる…
そんな記事でした。

中日新聞の地元地方版にほんの少し載っただけの記事でしたが、
ホームページで紹介されたために、
全国から「なんとかしてやってくれ」という連絡が二百件以上殺到。
また、ホームページの該当記事の閲覧は
たちまち百四十万を超えたと言います。

この人呼んで「飯田のハチ公」、
14日になってようやく保健所に保護されたのですが、
これだけ話題になりながらも、
残念ながら期限までに飼い主は名乗り出ずじまい…

そこで新しい飼い主を募集したところ、
1日でおよそ60件の応募があり、
その中から県内の自営業の男性(58)に引き取られることが決定しました。
(こちらの男性、先月、16年連れ添った愛犬を亡くしたばかりだそう)

やせ細っていた「飯田のハチ公」も、
保護されている間に体重が大分戻り、
新しい飼い主に引き合わされると、すり寄ったり、
手をなめたりして親愛の情を示したとのこと。
もしかしたら前の飼い主の人も同じくらいの
年齢だったのかもしれませんね。

私も一人の読者として気になっていたニュースでしたが、
このわんちゃんが暖かい部屋で
新しい家族と無事に新年を迎えられることになって、
本当にホッとしました。

そしてこのわんちゃんだけではなく、こうしたことをきっかけに、
動物愛護の輪が広がるよう願いつつ、
今年のメディモンを締めくくろうと思います。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。
みなさま、よいお年をお迎えくださいませ。

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